C/C++に代わる次世代のシステムプログラミング言語として、Rustへの注目度が急速に高まっています。GitHub Octoverse 2025では4年連続で「最も成長の速い言語」に選ばれ、TIOBE Indexでも2026年1月に過去最高の13位を記録しました。Cloudflare、Discord、Microsoft、Googleといったテクノロジー企業が本番環境で採用を拡大しており、日本国内でもCyberAgent、Cookpad、Caddiなど多くの企業がRustを活用しています。

しかし「所有権」「借用」「ライフタイム」といった独自の概念が学習ハードルとなり、導入をためらうケースも少なくありません。ここではRustの仕組みや他言語との具体的な違いを、コード例を交えて整理します。

Rustの概要と誕生の背景

Rustは、Mozilla Research所属のGraydon Hoare氏が2006年に個人プロジェクトとして開発を始めた言語です。きっかけは、自宅マンションのエレベーター制御ソフトウェアの不具合でした。当時のシステムプログラミング言語(CやC++)ではメモリ安全性の保証が難しく、こうしたバグが頻発していたことが動機です。

2009年にMozillaが公式にスポンサーとなり、2015年5月にバージョン1.0が安定版としてリリースされました。2026年2月時点の最新安定バージョンはRust 1.93.0(2026年1月22日リリース)です。6週間ごとの定期リリースサイクルを維持しており、後方互換性を保ちつつ着実に機能追加が進んでいます。

2021年にはRust Foundationが設立され、Google、Microsoft、AWS、Huawei、Mozillaの5社が創設メンバーとして参加しました。現在は企業・個人を含む幅広いコミュニティによって言語仕様とエコシステムが維持・発展しています。

Rustが解決する3つの課題

メモリ安全性の保証

CやC++ではプログラマがメモリの確保と解放を手動で管理します。解放し忘れ(メモリリーク)や二重解放、解放済み領域へのアクセス(use-after-free)はセキュリティ脆弱性の大きな原因です。Microsoftの調査によると、同社の製品で報告されるセキュリティ脆弱性の約70%がメモリ安全性に起因しています。

Rustは**所有権(ownership)借用(borrowing)**をコンパイラレベルで強制することにより、ガベージコレクタ(GC)なしでメモリ安全性を実現しています。不正なメモリアクセスはコンパイル時にエラーとなるため、実行時のメモリ関連バグを大幅に削減できます。

ゼロコスト抽象化による高速実行

Rustの抽象化(ジェネリクス、イテレータ、トレイトなど)はコンパイル時に展開(モノモーフィゼーション)されるため、抽象化を使っても実行時オーバーヘッドが発生しません。これは「ゼロコスト抽象化」と呼ばれ、C/C++と同等のネイティブコード性能を発揮しつつ、高水準な記述が可能です。

データ競合の排除

マルチスレッドプログラミングにおけるデータ競合(data race)は、再現性が低く原因特定が困難なバグの代表格です。Rustのコンパイラは所有権と借用のルールを型システムとして組み込んでいるため、データ競合をコンパイル時に検出して防止します。

所有権・借用・ライフタイムの仕組み

Rustを学ぶ上で最初の壁となるのが、所有権・借用・ライフタイムの概念です。ここでは具体的なコード例で動作原理を確認します。

所有権のルール

Rustでは、すべての値にただ1つの「所有者」変数が存在します。所有者がスコープを抜けると、値は自動的に破棄されます。

fn main() {
    let s1 = String::from("hello");
    let s2 = s1; // 所有権がs1からs2に移動(ムーブ)
    // println!("{}", s1); // コンパイルエラー: s1はもう使えない
    println!("{}", s2); // OK
}

この仕組みにより、同じメモリ領域を複数の変数が同時に解放する「二重解放」を原理的に防げます。

借用と参照

所有権を移動させずにデータを使いたい場合は「借用(borrow)」を使います。借用には2種類あります。

fn main() {
    let s = String::from("hello");

    // 不変参照: 読み取り専用。複数同時に可能
    let r1 = &s;
    let r2 = &s;
    println!("{}, {}", r1, r2);

    // 可変参照: 書き換え可能。同時に1つだけ
    let mut s = String::from("hello");
    let r3 = &mut s;
    r3.push_str(", world");
    println!("{}", r3);
}

ルール: 不変参照はいくつでも同時に存在できますが、可変参照は同時に1つだけです。不変参照と可変参照が同時に存在することもできません。このルールにより、データ競合がコンパイル時に排除されます。

ライフタイム

ライフタイムは「参照がどこまで有効か」をコンパイラに伝えるアノテーションです。多くの場合はコンパイラが自動推論(ライフタイムエリジョン)しますが、曖昧な場合は明示する必要があります。

// 2つの文字列参照のうち長い方を返す関数
fn longest<'a>(x: &'a str, y: &'a str) -> &'a str {
    if x.len() > y.len() { x } else { y }
}

ライフタイム 'a は「引数 x と y の両方が有効な期間」を意味し、戻り値の参照もその期間内でのみ使用可能であることを保証します。

他のプログラミング言語との比較

Rustの位置付けを理解するために、用途が近い言語と機能面で比較します。

観点RustC++GoPython
メモリ管理所有権・借用(GCなし)手動(スマートポインタ併用)GCGC(参照カウント+循環GC)
実行速度ネイティブ(C/C++同等)ネイティブネイティブ(GC一時停止あり)インタプリタ(遅い)
並行処理の安全性コンパイル時にデータ競合を排除プログラマの責任goroutineで容易だが競合は実行時GILにより制限的
コンパイル速度遅め(大規模プロジェクトで顕著)遅い高速不要(インタプリタ)
学習コスト高い(所有権・ライフタイム)高い(未定義動作が多い)低い低い
パッケージ管理Cargo(統合ツール)CMake等(複数ツール混在)go modulespip/Poetry
null安全性Option型で強制(nullなし)nullポインタありnilありNoneあり

RustとC++の使い分け

C++は既存コード資産が膨大で、ゲームエンジンや組み込みなど特定領域ではエコシステムが成熟しています。一方、新規のシステムプログラミングではRustの方がメモリ安全性の恩恵を受けやすく、GoogleやMicrosoftもC++からRustへの段階的な移行を進めています。

RustとGoの使い分け

GoはWeb APIサーバーやマイクロサービスを素早く構築するのに向いています。コンパイル速度が速く、goroutineによる並行処理も簡潔です。Rustは実行時性能やメモリ使用量を厳密に制御する必要があるシステム基盤・インフラ領域に適しています。

Rustが使われている領域と採用企業

システムインフラ・ネットワーク

  • Cloudflare: HTTPプロキシ「Pingora」をRustで構築し、1日1兆件超のリクエストを処理。2025年にはRust製のLLM推論エンジン「Infire」も開発し、レスポンスタイムを10ms短縮、性能を25%向上させました(出典: Cloudflare Blog
  • Amazon(AWS): 仮想化基盤Firecrackerや、コンテナランタイムBottlerocketをRustで開発
  • Discord: GoからRustへメッセージ基盤を移行し、レイテンシスパイクを解消

OS・ブラウザ・低レベルソフトウェア

  • Linux Kernel: 2022年のLinux 6.1からRustの利用が公式サポートされ、2025年のKernel Maintainer Summit(東京)ではRustが「実験段階を終了し、カーネルのコア言語として恒久的に存在する」と合意されました
  • Microsoft: Windows KernelやAzureの一部コンポーネントをRustで書き換え
  • Google: Android OSのBluetooth・ネットワーキングスタックにRustを導入。Chromiumでも採用を拡大

Webアプリケーション・デスクトップ

  • Figma: マルチプレイヤー同期サーバーをRustで構築し、サーバーサイドの編集性能を10倍以上改善
  • Dropbox: ファイル同期エンジンをPythonからRustに移行し、パフォーマンスとメモリ効率を大幅に改善

日本企業の活用事例

日本でもRustの採用が広がっています。

  • CyberAgent: 広告配信の検証サーバーをRustで開発。高速Webフレームワークの研究開発も実施
  • Cookpad: プッシュ通知基盤などパフォーマンスが要求されるシステムに採用
  • Caddi: 製造業向けプラットフォームのバックエンドやCAD解析にRustを活用
  • dwango: 分散ストレージシステム「Frugalos」をRustで開発
  • Ark Edge Space: 人工衛星のフライトソフトウェアをRustで構築

出典: japanese-rust-companies

Rustの開発環境を整える手順

インストール(全OS共通)

Rustの公式インストーラ「rustup」を使います。

macOS / Linux:

curl --proto '=https' --tlsv1.2 -sSf https://sh.rustup.rs | sh

Windows: rustup.rs から rustup-init.exe をダウンロードして実行します。途中で「Visual Studio Build Tools」のインストールを求められるため、画面の指示に従ってください。

インストール完了後、ターミナルを再起動して以下のコマンドでバージョンを確認します。

rustc --version
cargo --version

エディタ設定

Visual Studio Code + rust-analyzer拡張が現在最も広く使われている開発環境です。コード補完、型情報の表示、インラインエラー表示、リファクタリング支援などを提供します。

最初のプロジェクト作成

Cargoを使ってプロジェクトのひな形を作成し、実行します。

cargo new hello_rust
cd hello_rust
cargo run

src/main.rs に以下のコードが自動生成されています。

fn main() {
    println!("Hello, world!");
}

cargo run を実行すると、コンパイルと実行が一度に行われ、ターミナルに Hello, world! と表示されます。

主要なフレームワークとエコシステム

Rustのパッケージ(クレート)は crates.io で公開されており、2026年2月時点で21万以上のクレートが登録されています。

Webフレームワーク

フレームワーク特徴用途の目安
axumTokioチームが開発。Tower互換のミドルウェア設計API サーバー全般(推奨)
Actix Webマルチスレッドのアクターモデル。高スループット大量リクエスト処理
Rocketマクロによる宣言的ルーティング。書きやすさ重視プロトタイプ・小〜中規模サービス

デスクトップ・モバイルアプリ

  • Tauri: Webフロントエンド(HTML/CSS/JS)+ Rustバックエンドのデスクトップアプリフレームワーク。Electronに比べてバイナリサイズが小さく、メモリ消費も少ないのが利点です

非同期ランタイム

  • Tokio: Rustにおける非同期I/Oの事実上の標準ランタイム。TCP/UDP、タイマー、タスクスケジューラを提供
  • async-std: 標準ライブラリに近いAPIで非同期処理を実装

CLIツール・ユーティリティ

Rustで書かれた高速なCLIツールが多数存在し、開発者の日常ツールとして広まっています。

  • ripgrep (rg): grepの高速代替
  • fd: findの高速代替
  • bat: catの構文ハイライト対応版
  • exa / eza: lsの拡張版
  • starship: カスタマイズ可能なシェルプロンプト

Rustの学習で多くの人がつまずくポイントと対策

所有権エラーの読み方

Rustコンパイラ(rustc)のエラーメッセージは非常に詳細で、何が問題でどう修正すれば良いかを具体的に提示します。エラー番号(例: E0382)が表示された場合、rustc --explain E0382 コマンドで詳しい解説と修正例を確認できます。

「何もかもが借用チェッカーに怒られる」段階の乗り越え方

学習初期は「コンパイルが通らない」というフラストレーションを感じがちです。以下の順序で段階的に慣れるのが効果的です。

  1. まず.clone()で値をコピーして動かす
  2. 動いたコードから不要な.clone()を外して参照に置き換える
  3. ライフタイムアノテーションが必要な場面を体験する

コンパイル時間の長さへの対処

Rustのコンパイルは特に依存クレートが多い初回ビルドで時間がかかります。対策として以下の方法があります。

  • cargo check でコンパイルエラーだけを素早く確認(バイナリ生成を省略)
  • sccache を導入してコンパイル結果をキャッシュ
  • cargo-watch で保存時に自動で cargo check を実行

Rustの将来性と市場動向

言語ランキングでの躍進

  • TIOBE Index: 2026年1月時点で13位(過去最高)。2020年頃は30位圏外だったことを考えると、急速な上昇です
  • GitHub Octoverse 2025: 4年連続で「最も成長の速い言語」に選出(出典: GitHub Blog
  • Stack Overflow Developer Survey 2025: 「最も賞賛される言語(Most Admired)」で10年連続1位(賞賛率72%)(出典: Stack Overflow

Edition 2024

Rustは3年ごとに「Edition」をリリースし、後方互換性を保ちながら言語仕様を進化させます。最新のEdition 2024(Rust 1.85.0、2025年2月リリース)では、非同期クロージャ(async || {})のサポート、unsafe関数内での明示的unsafeブロック要件の強化、Cargoの依存関係解決におけるRustバージョン認識などが導入されました(出典: Rust Blog)。

エンジニア市場

日本国内のRust求人はIndeedで約800件、Forkwell Jobsで約73件が掲載されています(2026年2月時点)。年収水準は平均700万〜1,000万円、シニアクラスでは1,000万〜1,200万円超の案件も見られます。Rustエンジニアは供給が限られており、同等スキルの他言語エンジニアと比較して15〜20%程度のプレミアムがあるとされています。

よくある質問(FAQ)

C++とRustではどちらを選ぶべきですか?

既存のC++資産がある環境(ゲームエンジン、大規模レガシーシステム等)ではC++を継続するのが合理的です。新規プロジェクトでメモリ安全性を重視する場合はRustが有力な選択肢です。GoogleやMicrosoftもセキュリティ要件の高い新規コンポーネントでRustを採用する方針を示しています。

Rustの将来性は高いですか?

GitHub Octoverse 2025で4年連続「最速成長言語」、TIOBE 2026年1月で過去最高13位、主要テック企業の採用拡大、Linux KernelやWindows Kernelへの組み込みなど、客観的指標はいずれも上昇傾向を示しています。Rust Foundationの企業スポンサーも増加しており、エコシステムの持続的発展が見込まれます。

Rustの学習は難しいですか?

所有権・借用・ライフタイムの概念はC/C++やPythonなど他の言語にはないため、最初の数週間は苦戦する人が多いです。ただし、公式ドキュメント「The Rust Programming Language」(通称 The Book)は非常に丁寧に書かれており、無料で読めます。日本語訳も有志によって公開されています。コンパイラのエラーメッセージも改善が続いており、修正方法まで提示されるため、根気よく取り組めば概念の定着は進みます。

Rustの処理速度はどのくらい速いですか?

Rustの実行速度はC/C++と同等水準です。ガベージコレクタがないため、GC起因のレイテンシスパイクが発生しません。Discordが GoからRustへ移行した際にはレイテンシスパイクが解消され、CloudflareのRust移行ではレスポンスタイムが10ms短縮、性能が25%向上したと報告されています。

まとめ

Rustは「メモリ安全性」「ネイティブレベルの実行速度」「データ競合の防止」を型システムとコンパイラの力で同時に達成する言語です。所有権や借用といった独自の概念は学習のハードルになりますが、その見返りとして「コンパイルが通ればメモリ安全」という強力な保証を得られます。

Cloudflare、Discord、AWS、Microsoft、Googleなどのグローバル企業に加え、日本国内でもCyberAgent、Cookpad、Caddiなど幅広い企業が本番環境でRustを活用しています。GitHub OctoverseやTIOBE Indexの推移が示すとおり、Rustの採用は今後もさらに拡大する見通しです。

学習を始めるなら、まず The Rust Programming Language(日本語版) を読みながら cargo new でプロジェクトを作成し、所有権の動きを手元で確認するのが効率的な第一歩です。