Vue.jsで大規模SPAを運用していると、バンドルサイズの肥大化やリアクティビティ処理のオーバーヘッドが徐々に表面化します。Vue 3.6は「Vapor Mode」と「alien-signals」という2つのアーキテクチャ刷新で、これらの課題に正面から取り組んだバージョンです。

2026年2月時点ではbeta.6まで公開されており、安定版リリースが目前に迫っています。仮想DOMを経由せずにDOMを直接操作するVapor Modeと、Push-Pullアルゴリズムを採用した新リアクティビティエンジンalien-signalsにより、フロントエンド開発の選択肢が大きく広がります。

Vue 3.6のリリース状況(2026年2月現在)

Vue 3.6は2025年半ばのalpha版から段階的に開発が進められてきました。2026年2月現在のリリース経緯は次のとおりです。

フェーズバージョンリリース日
Alphav3.6.0-alpha.12025年7月12日
Alphav3.6.0-alpha.22025年7月18日
Beta開始v3.6.0-beta.12025年12月23日
最新Betav3.6.0-beta.62026年2月12日

出典: GitHub vuejs/core Releases

beta.1のリリースノートによると、「Vapor Modeは仮想DOMモードのすべての安定機能と機能パリティを達成した」とされています。現時点の安定版はv3.5.28(2026年2月9日公開)であり、3.6の正式リリースはまだ行われていません。

Vapor Mode ― 仮想DOMに依存しない描画戦略

仮想DOMの課題とVapor Modeが解決すること

Vue 2以降、仮想DOM(VDOM)はUI更新の中核を担ってきました。VDOMは宣言的なUI構築を可能にする反面、常にメモリ上にDOMツリーのコピーを保持し、差分比較(diffing)を実行するオーバーヘッドがあります。

Vue 3では「Compiler-Informed VDOM」という最適化手法が導入されました。テンプレートのコンパイル時にパッチフラグを付与し、変更される可能性のある箇所だけを比較対象とする仕組みです。静的な部分をスキップできるため処理は高速化されましたが、VDOMの差分比較そのものを実行するコストは依然として残っていました。

Vapor Modeは、この根本的な課題に対処するためにVDOMレイヤーを完全に排除します。コンパイル時にテンプレートを解析し、状態変更に応じてDOMノードを直接操作するコードを生成します。SvelteやSolid.jsが採用しているアプローチと共通する設計思想ですが、Vueの既存のテンプレート構文やComposition APIとの互換性を保ちながら実現している点が特徴です。

Vapor Modeの仕組み

Vapor Modeのコンパイルプロセスは次のように動作します。

  1. SFCのテンプレートをコンパイラが解析
  2. 各バインディングについて、対応するDOMノードへの直接操作コードを生成
  3. renderEffectを用いて、リアクティブな値の変更時に該当のDOM操作だけを実行

従来のVDOMモードでは「仮想ノードツリーの生成→差分比較→パッチ適用」という3段階を経ていましたが、Vapor Modeでは「リアクティブな値の変更検知→該当DOMノードの直接更新」という2段階に短縮されます。

導入手順

Vapor Modeはコンポーネント単位でオプトインできます。プロジェクト全体を一度に書き換える必要はありません。

1. Vue 3.6のインストール

npm install vue@3.6.0-beta.6

2. Viteプラグインの設定

// vite.config.ts
import { defineConfig } from 'vite'
import vue from '@vitejs/plugin-vue'

export default defineConfig({
  plugins: [
    vue({
      features: {
        vaporInterop: true  // VDOMモードとVapor Modeの共存を有効化
      }
    })
  ]
})

3. コンポーネントでVapor Modeを有効化

<script setup vapor>
import { ref } from 'vue'

const count = ref(0)
const increment = () => count.value++
</script>

<template>
  <button @click="increment">
    カウント: {{ count }}
  </button>
</template>

<script setup>タグにvapor属性を追加するだけで、そのコンポーネントはVapor Modeでコンパイルされます。

コンパイル出力の違い

同じコンポーネントがVDOMモードとVapor Modeでどのようにコンパイルされるか比較します。

VDOMモード(従来)のコンパイル出力:

import { createElementVNode, toDisplayString, openBlock, createElementBlock } from 'vue'

function render(_ctx) {
  return (openBlock(), createElementBlock("button", {
    onClick: _ctx.increment
  }, "カウント: " + toDisplayString(_ctx.count), 9))
}

Vapor Modeのコンパイル出力:

import { template, setText, renderEffect, setDynamicProp } from 'vue/vapor'

const t0 = template("<button></button>")

function render(_ctx) {
  const n0 = t0()
  setDynamicProp(n0, "onClick", _ctx.increment)
  renderEffect(() => {
    setText(n0, "カウント: " + _ctx.count)
  })
  return n0
}

Vapor Modeではtemplate関数でDOMノードを直接生成し、renderEffectで値の変更時にsetTextを呼び出すだけです。仮想ノードの生成やopenBlock/createElementBlockによる差分処理が不要になっています。

VDOMモードとの共存

Vapor Modeの大きな利点は、同一プロジェクト内でVDOMコンポーネントとVaporコンポーネントを混在させられることです。vaporInterop: trueを設定すると、Vaporコンポーネントを通常のVDOMコンポーネントの子として配置したり、その逆も可能になります。

既存の大規模プロジェクトでは、パフォーマンスが特に重要な箇所(頻繁に再描画されるリストや、リアルタイムに更新されるダッシュボードなど)から段階的にVapor Modeへ移行する戦略が推奨されます。

Vapor Modeの制約

2026年2月時点で、Vapor Modeには以下の制約があります。

制約カテゴリ内容
API互換性Options APIは非対応。Composition API + <script setup>が必須
ライブラリ互換性VDOMに依存するUIライブラリ(Vuetify等)はVaporコンポーネント内で直接使用不可
安定性ベータ段階。本番環境での全面採用は非推奨
SSRVapor ModeのSSR対応は開発中
TransitionVaporTransition / VaporTransitionGroupとして個別実装が必要

alien-signals ― リアクティビティエンジンの刷新

従来のリアクティビティシステムの課題

Vue 3.0〜3.5のリアクティビティシステムは@vue/reactivityパッケージとして実装されており、refreactivecomputedwatchといったAPIを提供してきました。このシステムはProxyベースで高い柔軟性を持つ一方、大規模な状態管理ではメモリ使用量と更新処理のコストが課題となることがありました。

alien-signalsとは

alien-signalsは、Johnson Chu氏が開発した軽量リアクティビティライブラリです。Vue 3.6では@vue/reactivityの内部実装がalien-signalsベースに全面的にリファクタリングされました。

「alien(異質な)signals」という名称は、従来のVueリアクティビティとは根本的に異なるアルゴリズムで動作することに由来します。外部API(refcomputedwatchなど)は変更されていないため、既存コードの書き換えは不要です。

Push-Pullアルゴリズム

alien-signalsの核心は「Push-Pull」と呼ばれる2段階の更新アルゴリズムです。

Pushフェーズ: リアクティブな値が変更されると、依存先のcomputedやwatcherに「dirty(値が古い)」という通知だけをプッシュします。この時点では再計算を行いません。

Pullフェーズ: 実際に値が読み取られたときに初めて再計算を実行します(遅延評価)。

[ref値の変更] → Push: dirty通知のみ → [値の読み取り] → Pull: 再計算実行

従来のシステムでは値の変更時に依存ツリー全体の再計算が即座にトリガーされていました。Push-Pullアルゴリズムでは、実際にアクセスされない計算プロパティの再評価をスキップできるため、特にcomputedが多段にネストされた状態管理で効果を発揮します。

パフォーマンス改善の具体的な数値

alien-signalsの導入によるパフォーマンス改善は次のように報告されています。

指標Vue 3.5Vue 3.6(alien-signals)改善率
メモリ使用量基準値14%削減-14%
10万コンポーネントのマウント-約100ms-
ベースバンドルサイズ(Vapor Mode併用時)-10KB未満-

出典: jose-gutierrez.com

Vue 3.5ではリアクティビティシステムのメモリ使用量が3.4比で56%削減されていましたが、alien-signalsにより3.5からさらに14%の追加削減が実現しています。

既存コードへの影響

alien-signalsはVue 3.6で自動的に有効になります。開発者側で特別な設定やコード変更は不要です。

<script setup>
import { ref, computed, watch } from 'vue'

// 従来と同じ書き方がそのまま動作する
const price = ref(1000)
const tax = ref(0.1)
const total = computed(() => price.value * (1 + tax.value))

watch(total, (newVal) => {
  console.log('合計:', newVal)
})
</script>

APIの互換性が保たれているため、Vue 3.5からのアップグレード時にリアクティビティ関連のコード修正は基本的に発生しません。ただし、内部実装の変更により、VueのreactivityシステムのPrivate APIやハックに依存していた場合は影響を受ける可能性があります。

他のフレームワークとのパフォーマンス比較

Vue 3.6のVapor Modeは、従来のVDOMモードと比較して大幅に高速化され、Solid.jsやSvelte 5に近い水準に達しています。以下は10,000行の初期描画(Initial Render)ベンチマークの参考値です。

フレームワーク描画戦略ベンチマークスコア(参考値)
Solid.js直接DOM操作(Signal)平均3.4ms
Svelte 5直接DOM操作(Rune)平均3.5ms
Vue 3.6 Vapor Mode直接DOM操作(alien-signals)平均6.3ms
Vue 3.6 VDOMモードCompiler-Informed VDOM平均17.1ms
React 19仮想DOM(Fiber)上記より低速

(ベンチマーク数値はSpeaker Deck: Vue 3.6時代のリアクティビティ最前線より参考)

Vapor Modeを適用した場合、VDOMモードと比べて約2.7倍高速になります。Solid.jsやSvelteにはまだ差がありますが、Vueの豊富なエコシステム(Vue Router、Pinia、Nuxtなど)をそのまま活用できる点を考慮すると、十分実用的なパフォーマンスです。

Vue 3.5と3.6の主要な違い一覧

項目Vue 3.5Vue 3.6
リアクティビティエンジン@vue/reactivity(独自実装)alien-signals(Push-Pull方式)
描画モードVDOMのみ(Compiler-Informed)VDOM + Vapor Mode(選択式)
メモリ使用量3.4比で56%削減3.5比でさらに14%削減
Vapor Mode未搭載ベータとして搭載(opt-in)
Options APIフルサポートVDOMモードではサポート。Vapor Modeでは非対応
最小バンドルサイズ約30KB(gzip)10KB未満(Vapor Mode単体時)
SSR安定VDOM SSRは安定。Vapor SSRは開発中

既存プロジェクトでVapor Modeを段階的に導入する手順

ステップ1: Vue 3.6へのアップグレード

npm install vue@3.6.0-beta.6
npm install @vitejs/plugin-vue@latest

ステップ2: Vite設定でInteropを有効化

// vite.config.ts
import { defineConfig } from 'vite'
import vue from '@vitejs/plugin-vue'

export default defineConfig({
  plugins: [
    vue({
      features: {
        vaporInterop: true
      }
    })
  ]
})

ステップ3: パフォーマンスが重要なコンポーネントを特定

頻繁に再描画されるコンポーネント、大量のリスト表示、リアルタイム更新が必要な画面などがVapor Mode移行の候補です。

ステップ4: 対象コンポーネントをVapor Modeに変換

<!-- 変更前 -->
<script setup>
import { ref } from 'vue'
const items = ref([])
</script>

<!-- 変更後: vapor属性を追加 -->
<script setup vapor>
import { ref } from 'vue'
const items = ref([])
</script>

Options APIで記述されているコンポーネントはComposition APIへの書き換えが先に必要です。

ステップ5: 動作確認とテスト

Vapor Modeへの変換後、以下を確認します。

  • UIの表示が従来と同じか
  • イベントハンドラが正常に動作するか
  • VDOMコンポーネントとの連携(props/emit)に問題がないか
  • 使用しているサードパーティライブラリとの互換性

導入時の注意点

UIライブラリとの互換性を事前に確認する

Vuetify、Element Plus、Naive UIなど、仮想DOMの内部構造に依存しているUIライブラリは、Vaporコンポーネント内で正常に動作しない場合があります。これらのライブラリを使用しているコンポーネントは、VDOMモードのまま維持してください。

Options APIからの移行が前提

Vapor ModeはComposition API + <script setup>のみ対応しています。Options APIで記述された既存コンポーネントをVapor Modeに移行する場合は、まずComposition APIへのリファクタリングが必要です。

テスト環境での検証を徹底する

2026年2月時点でVapor Modeはベータ段階であり、エッジケースでの不具合が残っている可能性があります。本番環境への全面適用は安定版のリリースを待つことが望ましいですが、パフォーマンスクリティカルな一部のコンポーネントに限定して先行導入する戦略は有効です。

まとめ

Vue 3.6は、Vapor Modeによる仮想DOM不要の描画とalien-signalsによるリアクティビティエンジンの刷新という2つの根幹部分のアーキテクチャ変更を含むバージョンです。

  • Vapor Mode: <script setup vapor>を追加するだけでコンポーネント単位でオプトイン可能。VDOMモードとの共存もサポートされており、段階的な移行が現実的です
  • alien-signals: Push-Pullアルゴリズムにより、Vue 3.5比でメモリ使用量が14%削減。APIの互換性が保たれているため、コード変更なしで恩恵を受けられます
  • パフォーマンス: Vapor Mode使用時はVDOMモードの約2.7倍高速で、Solid.jsやSvelte 5に近い水準に到達。ベースバンドルサイズも10KB未満まで軽量化されています

2026年2月現在、Vue 3.6はbeta.6まで公開されています(GitHub: vuejs/core)。安定版リリースを前に、開発環境での検証やVapor Mode対応のプロトタイプ開発を始めておくと、正式リリース後の移行がスムーズになります。